
e-uedaはいままで1940年代あたりのJAZZは敬遠していた。何せ録音状態のよいものが少なく、アドリブの楽しさも、50~60年代のJAZZほどではないだろうと高をくくっていたからだ。しかしチャーリー・パーカーのウィズ・ストリングスを聴いた今、録音状態の良し悪しは別にして、アドリブの素晴らしさについては見直さざるを得なくなった。そして古いJAZZに対して狭量な自分を恥じた。
ウィズ・ストリングスというと、すぐに思い浮かべるのはクリフォード・ブラウンのアルバムだ。これは今でもe-uedaの愛聴盤で、家でパソコンに向かうときなどよくバックグラウンドで流している。ローラ(Laura)やホワッツ・ニュー(What's New)の切なさと美しさ、ブルー・ムーン(Blue Moon)や煙が目にしみる(Smoke Gets In Your Eyes)のような肩の力が抜けたブラウニーのペットはいつ聴いても心地よい。
パーカーのウィズ・ストリングスがブラウニーのそれと違うのは、パーカーがストリングスと共演することに対して大変積極的であったことだ。ブラウニーはその企画に対して、当初は気が進まなかったのとは対照的である。パーカーはストリングスの人たちに対して敬意を払い、メンバーはパーカーの飛びぬけた才能を認めて、非常によい関係の下に優れた作品を残すこととなった。音楽のジャンルを超えた寛容さの勝利とも言える。
さて中身だが、40年代のJAZZを侮っていたe-uedaは、一曲目の「ジャスト・フレンズ」から仰天することとなった。もう完全に出来上がってるじゃないの!すでに完璧で新しい。もっと言うと、完成されており、その後ほとんど進歩の余地がなく、皆パーカーという土台の上で個性を発揮しているに過ぎないんじゃないか。
またその表現力の豊かさ!「サマー・タイム」がねっとりとまとわりついてくる。チャーミングな「イフ・アイ・シュッド・ルーズ・ユー」、「ローラ」の艶かしさ、粋な「ロッカー」。どれを聴いても、その曲ごとに違うパーカーの世界に引き込まれてしまう。
共演した楽団のオーボエ奏者がパーカーの影響を受けたのか、途中で入る短いソロも、クラリネットのような演奏になっているのがなんだか面白い。
でも待てよ、パーカーのサックスがこれほど凄いなら、同時代のトランペッターはどうなんだ?ファッツ・ナヴァロウやディジー・ガレスピーにももっと耳を傾けるべきなんじゃないか?狭量を捨て、もっと寛容にならなくてはいけないようだ。
Charlie Parker with Strings: The Master Takes
1. Just Friends
2. Everything Happens To Me
3. April In Paris
4. Summertime
5. I Didn't Know What Time It Was
6. If I Should Lose You
7. Dancing In The Dark
8. Out Of Nowhere
9. Laura
10. East Of The Sun (And West Of The Moon)
11. They Can't Take That Away From Me
12. Easy To Love
13. I'm In The Mood For Love
14. I'll Remember April
15. What Is This Thing Called Love?
16. April In Paris
17. Repetition
18. Easy To Love
19. Rocker
20. Temptation
21. Lover
22. Autumn In New York
23. Stella By Starlight
24. Repetition
(1947)